■クズチさん■

雨の残香(のこりが)

「……?」
 玻璃(はり) 越しに差し込んでくる柔らかな陽脚(ひざし) 。それが全体を淡く包んでいる部屋で、男は身なりを整えながら眉を(ひそ) める。──身体に違和感がある。
 それがどういった類のものか、自分でも良くは分からなかったのだが、確かに何かがいつもとは違う。
 そうは思っても、着替えを済ませ部屋を出るころには、すでに気にすることをやめていた。はっきりとした何かがあるわけでもないのだから、大したことではないのだろう。



「兄様」
 空中に架けた、入り江へ──その先にある後宮の正殿、典章殿へと続いている閣道。その僅かに手前で呼び止められた利広は、振り返った先に妹の姿を認めて笑みを浮かべる。
「文姫」
 歩みを速めてこちらへ歩いてくる文姫の、その顔に不審の色が浮かんだのを見てとって、利広は顔に浮かべた笑みはそのままに問う。
「どうかしたのかい?」
「それはあたしの科白だわ。……兄様、ちょっと屈んで」
 利広は不審に思いながらも、言われた通りに腰を屈め、視線の高さを同じくする。文姫は前髪を押さえると、利広の額に自身のそれを押し当てた。
 溜め息を一つ吐いて顔を離した文姫は、背を伸ばした利広を見上げ、少し怒ったふうに言ってくる。
「──やっぱり。兄様、熱があるじゃない」
 利広は瞬き、額に手を当てる。──そう言われれば少し熱いような気もする。感じた違和感はこれだったのかと、今更ながらに納得する。
 そんな利広を見て、文姫は呆れたように声をあげる。
「まさか兄様、気付いてなかったの?」
「……風邪なんて滅多にひかないからなあ」
 ぼやくように言い訳をする利広を、文姫はその大きな瞳を半眼にしてねめつける。
「いくら頑丈だけが取り得の兄様といえど、昨日みたいなことをすれば風邪をひいて当り前じゃない」
 責められて利広は苦笑する。昨日、利広は奏の首都である隆洽(りゅうこう) へ降り、帰ってきたときにはしとどに濡れていた。小雨だったというのにどうしたことかと驚く家族に、雨に打たれるのが心地良くてしばらく濡れていたのだと答えたら、返ってきたのは父親の苦笑と兄と妹からの呆れたように責める言葉、さらに母親の長い長い小言だったのだが。
「分かったら、もうあんな真似はしないでよね」
「自重するよ」
 文姫の言葉に苦笑とともにそう返し、ぽつりとさらに一言付け加える。
「……気持ち良かったんだけどなあ」
 途端に文姫が呆れ顔になる。
「もう、まだそんなこと言ってる。──ほんとに、兄様ったらいつまで経っても子供なんだから」
 酷いなあ、と利広は呟き、
「それが兄に対しての科白かい?」
「あら、兄なら兄らしくしてほしいものだわ」
 にこりと笑んで言う文姫に、利広は返す言葉がなくて苦笑する。そうして、ふと気付いて文姫の髪飾りに手を伸ばした。
「この、花鈿(はなかざり) ……」
 文姫の髪に上品に座した、手折れそうなほどに花弁の薄い花鈿。戴国に産出する軟紅玉で作られたそれは、まるで文姫を飾り立てることで自身の美しさも高めているかのように、彼女に良く似合っていた。
「ああこれ。──ええそうよ、兄様からのお土産の品」
 文姫は一層可愛らしく微笑んだ。その笑顔を、利広は花のようだと思う。自然、自分の頬も緩んでしまう。
「とても良く、似合っているよ」
「あらだって、飾られる素材が良いのだもの、当然でしょう?」
 くすくすと笑う文姫に、利広もまた失笑する。
「──でも、あたしも気に入っているのに、贈って下さった相手ったら留守がちで、身に付けたところを中々お見せすることができないのよ。──兄様はどう思って?」
 悪戯めいた笑みとともに言われた言葉に利広は瞬き、次いでくつくつと笑う。
「……耳の痛いお言葉だね」
「あら、光栄だわ」
 互いに顔を見合わせて、声を立てて笑っているところに、少し離れた場所から声がかかった。
「利広、文姫。──ここにいたのか」
 閣道のそのさきにいたのは二人の兄──英清君利達だった。
「父上がお呼びだ」
「父様が?──今、行くわ」
 小走りに閣道を渡ってゆく文姫のあとを追いながら、利広は兄に向かって問う。
「用件は?」
「それは知らないが、ついさっき雁からの使者が来たそうだ。──おそらくそのことについてだろう」
「……雁から?」
 呟いて利広は足を止める。雁と奏とはお世辞にも近いとは言えない。それがわざわざ使者を送ってくるなど、一体何があったのだろう。
 僅かに眉根を寄せ、考え込む利広に声がかかる。
「ここでその内容を考えたところで分かるわけがないだろう。無駄なことに時間を費やしてないで、早く来い」
「……そうだね」
 兄の言葉に利広は苦笑する。それを見て、利達は何やら眉を顰めた。
「何だお前。──具合でも悪いのか」
 利広は驚き、少し情けない笑顔になる。
「……何で分かるかなあ」
「まあ、兄弟だからな」
 閣道の半分まで来ていた文姫が口を挟む。
「兄様は熱があることに自分では気付いていなかったのよ。莫迦でしょう?」
「莫迦だな」
 酷いなあ、と利広は苦笑しつつ抗議するが、利達は気にもとめずに言う。
「さっさと治せ。──年の半分は行方が分からない風来坊には、いるうちに二倍も三倍も仕事をしてもらうんだからな」
「……今、文姫にも似たようなことを言われたよ」
 利広は溜息を一つ吐くと、ぼやくように、
「どうも、帰ってくるたびに苛められてる気がするなあ」
「あら、兄様」
 利達の横に並んだ文姫が、振り返って心底意外そうに声を上げる。
「今頃気付いたの?」
 絶句する利広を見やって、利達は声を上げて笑った。

クズチさんから頂きました小説です!きゃーvvきゃーvv ステキでしょう!! 羨ましいでしょうっvv まさに私のために書いて下さったような(違うつーの) 小説です!思わず挿絵もしちゃいます!急いで描いたので雑なのが心残り・・・。
クズチさんが書かれる櫨兄妹は、本当にステキなんです。
互いに互いが適度の距離感を保っていて、決してべったりと甘い兄妹ではないんですよ。 つかず離れず、と言うのかな。この距離感が大好きですvv
クズチさん、本当にどうもありがとうございました!


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