■一姫さん■ 

×600 years ago×

「ああっない!」

文姫の叫びは、周りにいた全員に聞こえた。

「どうした?」

真っ先に聞いたのは長兄・利達、文姫が手にしている箱を後ろから覗き込む。

「ない、ないのよここに入れておいた――――」

「砂糖菓子だろう?」

母・明嬉があとを続けた。文姫はむうっとした顔のまま頷く。

「ああ、先日旅人さんにもらったやつだね?」

父・先新がおっとりと言う。宿屋であるここは、夜も更けた今、一家団欒中だった。

奏は今、王が不在である。ゆっくりと傾きつつある国は、徐々に貧しくなってきている。食物が不足しているのも天気が不安定で作物が十分に実らないせいだった。

その中で文姫が貰った砂糖菓子は、貴重なものだった。少しずつ食べ、時には調味料にし、そして今最後の一 つを家族みんなで食べようとしていた矢先だったのだ。

「誰か食べたんだわ!盗まれたのよ!」

文姫は振り返って家族を見渡す。しかし彼女自身、家族の誰もそういうことはしないと分かっていた。・・・・一人、

今ここにはいないのだが。



次兄・利広は、今、家にいない。二日前休みをもらってふらりと旅に出てしまった。今回は船に乗らなかった分、他国には行っていないかもしれないが放蕩息子には変わりない。文姫は利広を知らず知らずのうちに疑っているのに気付き、軽く頭を振った。いくらあの兄でも、妹が大切にしていたものを盗るはずはない。

「最後に食べたのはいつだ?」

利達が溜息をつきつつ、文姫に尋ねる。文姫はうーんと唸ると、天井を見上げ必死に思い出そうとした。

「えーっと・・・昨日・・・違うわ。一昨日でもないし・・・。3日前ぐらい。それから団体さんが来て忙しかったから」

その答えを聞いて、利達はあっさりと結論を出した。

「じゃあ、犯人は決まってるじゃないか」

ねえというように、利達は明嬉を見る。彼女は溜息をつき、夫を見る。先新は困ったように笑うばかり。文姫ははっとする。

「兄さまねっ!?」

「砂糖は疲れたときには効くからな。大方、旅のお供に持って行ったんだろう」

「あいつも本当に困ったもんだ」

「全く、今度はどこをほっつき歩いてるんだろうね」

家族は既に諦め顔。文姫はさっき、疑ってしまって悪かったと思っていた自分を激しく責めた。怒りたくても当の本人がいなければ、当たりようもない。ただ手をぶるぶると震わせて立ち尽くすのみ。そのとき。



「あれえ、みんな揃ってるなぁ」

呑気な声が後ろからした。

「あ、莫迦・・・」

利達の一言はもう誰にも聞こえなかった。

「兄さま!これはどういうこと!?」

空っぽの箱を持って、文姫が帰ってきた利広に詰め寄っていく。箱の底には虚しく、砂糖の粉があるばかり。

「どういうって・・・箱じゃないか」

「こ・こ・に!お菓子が入っていたのよ!砂糖菓子が!」

「お菓子・・・?ああ、あれか」

利広は思い出した、というように一つ頷く。

「美味しかったよ。ごちそうさま」

この一言で文姫の怒りは頂点に達した。

「兄さまのっっっ!!!莫・・・!」

迦、と言おうとした瞬間、口と振り上げられた手が押さえられる。

「その前に。お客様なんだ」

利広はもがく文姫をぐいぐいと部屋の奥に連れて行き、振り返って叫んだ。

「どうぞ!!」



入ってきたのは若い女。布で頭を覆っている。部屋に入ってくると、真っ先に先新に目を留め、ふわりと嬉しそうに微笑んだ。まるで僥倖に巡り合った、と言わんばかりに。そして、そっと布を外す。

「・・・・・・!!!」

全員が息を呑む。現れたのは銀を帯びた金の髪、それがこの世界で何を示すか知らない者はいない。

「台輔・・・!」

先新が跪こうとするのを、彼女―――宗麟は柔らかく止める。

「―――主上。お迎えに参りました」

そう言って、先新の前で膝をつく。そして深々と頭を・・・

ガタン!!

大きな音がして、家族は慌てて父の元へ走る。先新はあまりのことに驚いて、腰を抜かしてしまったのだ。

「父さん!」

「父さま!」

「大丈夫かい!?」

宗麟は、それを呆気にとられて見ていたが、一度立ち上がると家族と共に先新に手を貸した。



「まさか、台輔だとは思わなかった」

利広は、ぼんやりと宗麟を見つめる。彼女はそれに

「驚かせてしまい、申し訳ございません。市井に降りるときは、目立ってしまいますので」

と、軽く頭を下げる。そして、再び先新の足もとに跪いた。

「天命をもって主上にお迎えする。御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申し上げる」

奏国の夜は、静かに更けていく。一件の宿屋を残して・・・。


一姫さんから、10万ヒット記念にいただきました! きゃーー!
宿屋さん時代の櫨家のお話って、ぜったいオイシイと思うのに、あまり 見たことがないなーと残念に思っていた矢先だったので、いただいたときには 「やったーー!!」とガッツポーズを決めてしまいましたvv
しかもガッチリと利広さまを出演させて下さるお心配りは、ありがたすぎて ありがたすぎて・・・(感涙) 利広さまののらくらした雰囲気がやっぱり 素敵です(><)!! そして宗麟がもう、文章だけで 輝くように美しいですっ!!なんだかいきなり私の中で宗麟がブームに なってしまいました(笑)
一姫さん、賑やかな家族と素敵な利広さま、美人な宗麟をありがとうございました!

一姫さんのHP→「×トオイキミチカイソラ×」

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